残業時間の上限規制は、働き方改革の一環として2019年4月から大企業を皮切りに施行された新たなルールです。2020年4月からは中小企業にも適用され、ますますの注目を集めています。この記事では、従業員の健康確保と過重労働の防止を目的とした「残業時間の上限規制」について、企業が知っておくべき重要なポイントを解説します。
- 1. 残業時間の上限規制の背景
- 1.1. 残業時間の上限規制の概要
- 1.2. 規制の対象となる労働時間
- 2. 企業が整備すべき体制と手続き
- 2.1. 1. 36協定の締結と届出
- 2.2. 2. 労働時間の適正な把握
- 2.3. 3. 労働時間管理体制の整備
- 3. 適用除外と特例
- 3.1. 1. 適用除外となる従業員
- 3.2. 2. 2024年4月から特例の上限規制が適用されている業務
- 3.3. 違反した場合の罰則
- 4. 企業が取り組むべき対策
- 4.1. 1. 業務効率化の推進
- 4.2. 2. 人員配置の適正化
- 4.3. 3. 働き方改革の推進
- 5. 残業時間の適正管理で、企業の成長と働きやすい職場づくりをサポートします
残業時間の上限規制の背景
長時間労働は日本の労働環境における重要な課題として長年指摘されてきました。過重労働によってワークライフバランスが悪化し、健康被害や過労死、過労自殺など、さまざまな社会問題にもつながっています。
このような背景から、2018年に「働き方改革関連法」が成立し、その重要な柱の一つとして2019年4月より「時間外労働の上限規制」が導入されました。これまでも、限度基準告示による上限が設定されていましたが、行政指導のみで、かつ特別条項を設けることで実質的に無制限に残業ができる状態となっていました。この規制によって、時間外労働の上限が罰則付きの法的規制へと格上げされた点で、極めて重要な改革となっています。
残業時間の上限規制の概要
残業時間の上限規制とは、従業員の長時間労働を改善するために、時間外労働(残業)に対して設けられた法律上の制限です。
企業は以下の基準を遵守しなければなりません。
- 原則として、月45時間、年360時間を上限とする
- 特別な事情がある場合でも、以下を超えることはできない
- 残業が年720時間以内
- 残業+休日労働の合計が2~6ヶ月すべての平均で80時間以内
- 残業+休日労働の合計が月100時間未満(休日労働を含む)
- 月45時間を超えることができるのは、年6回が限度
これらの基準は、従業員一人一人について個別に適用される点に注意が必要です。
企業は、部署や職場全体の平均ではなく、個々の従業員の労働時間が基準を超えていないかを確認する必要があるということです。
規制の対象となる労働時間
時間外労働の計算対象となるのは、以下の労働時間です。
- 法定労働時間(1日8時間、週40時間)を超える労働時間
また、特別な事情がある場合の休日労働とは、以下を指します。
- 法定休日(週1日)における労働時間
なお、深夜労働(22時から翌5時まで)については、上限規制の対象には入っていません。
しかし、回数制限を設けるなど、従業員の健康・福祉を確保するための措置として協定することが望ましいとされています。
また、以下の時間も労働時間として算入する必要があります。
- 研修・教育訓練時間(業務命令によるもの)
- 企業が主催する行事への参加時間 ・移動時間(業務の一環として行われる場合)
- 待機時間(実作業がない場合でも、使用者の指揮命令下にある場合)
適正に労働時間が把握できているか、注意して自社の運用をチェックしてみましょう。
企業が整備すべき体制と手続き
1. 36協定の締結と届出
残業を行わせるためには、従業員の過半数代表者または労働組合との間で36協定を締結し、労働基準監督署に届け出る必要があります。
36協定には以下の項目などを明記する必要があります。
- 時間外または休日に労働を行う必要のある具体的理由
- 業務の種類
- 労働者の範囲
- 延長させられる時間外労働時間、休日
- 特別条項を設ける場合はその具体的な事由と回数
また、36協定の締結にあたっては、従業員の過半数代表者の選出方法にも注意が必要です。
管理職は過半数代表者になれず、選出は投票や挙手などの民主的な方法で行う必要があります。
36協定についての詳細は、こちらの記事も参考にしてください。
2. 労働時間の適正な把握
企業は従業員の労働時間を適正に把握する義務があります。具体的な方法は以下の通りです。
- タイムカードによる記録
- ICカード、スマートフォンによる記録
- パソコンの使用時間の記録
- 自己申告制(ただし、実態を適切に反映させる措置が必要)
なお、自己申告制を採用する場合は、以下の点に注意が必要です。
- 実態調査の実施
- 申告内容の実態との乖離の確認
- 労働時間の適正な申告を阻害する要因の排除
- 申告内容の補正
適正に労働時間を把握するためには、勤怠管理システムを導入するなど体制整備を行うことを推奨します。
3. 労働時間管理体制の整備
残業時間を適切に管理するためには、以下のような体制を整備していくと良いでしょう。
A)勤怠管理システムの導入
- 出勤・退勤の打刻機能
- 残業時間の自動集計機能
- アラート機能
- 申請・承認ワークフロー
B)管理職への研修実施
- 労働時間管理の重要性
- 法令遵守の必要性
- 部下の健康管理
- 業務効率化の手法
C) 従業員への説明会の実施
- 制度の概要
- 申請手続き
- 健康管理の重要性
- 労働時間の適正な打刻・申告
D) 残業申請・承認フローの確立
- 事前申請の原則
- 事後確認の方法
- 承認権限の明確化
- 緊急時の対応
適用除外と特例
すべての企業や従業員が一律に規制の対象となるわけではありません。以下のような除外規定があります。
1. 適用除外となる従業員
A)管理監督者(部長、課長などの管理職)
- 労働時間、休憩、休日に関する規制の適用除外
- ただし、深夜割増賃金は支払う必要あり
B)研究開発職(新技術、新商品等の研究開発業務に従事する者)
- 専門的、創造的な業務
- 通常の労働者と異なる労働時間管理が必要
C)高度プロフェッショナル制度の対象者
- 年収要件(1,075万円以上)
- 職務要件(高度の専門的知識等を必要とする業務)
- 本人の同意
- 健康確保措置
2. 2024年4月から特例の上限規制が適用されている業務
A)工作物の建設の事業
- 通常時は上限規制がすべて適用
- 災害時における復旧及び復興の事業の場合は、以下の規制が適用されない
- 残業+休日労働の合計が2~6ヶ月すべての平均で80時間以内
- 残業+休日労働の合計が月100時間未満(休日労働を含む)
B)自動車運転の業務
- 特別条項付き36協定を締結する場合の年間の時間外労働の上限が年960時間
- 以下の規制が適用されない
- 残業+休日労働の合計が2~6ヶ月すべての平均で80時間以内
- 残業+休日労働の合計が月100時間未満(休日労働を含む)
- 月45時間を超えることができるのは、年6回が限度
C)医業に従事する医師
- 特別条項付き36協定を締結する場合の年間の時間外・休日労働の上限が最大1860時間
- 以下の規制が適用されない
- 残業+休日労働の合計が2~6ヶ月すべての平均で80時間以内
- 残業+休日労働の合計が月100時間未満(休日労働を含む)
- 月45時間を超えることができるのは、年6回が限度 - 医療法に追加的健康確保措置あり
違反した場合の罰則
残業時間の上限規制に違反した場合、労働基準法に基づき以下の罰則が適用されます。
- 6ヶ月以下の懲役 ・30万円以下の罰金
これらの罰則は、会社の代表者だけでなく、違反行為をした事業場の責任者(工場長、支店長等)も対象となる場合があります。
重大・悪質なケースでは以下のような行政制裁を受ける可能性があり、社会的信用の低下や取引への影響が懸念されます。
- 企業名の公表
- 公共事業の入札参加資格の制限
- 助成金の支給停止
また、従業員に健康被害が発生した場合、安全配慮義務違反として損害賠償請求を受ける可能性があります。
近年の裁判例では、長時間労働による健康被害に関し、高額の損害賠償が認められるケースが増えています。
企業が取り組むべき対策
1. 業務効率化の推進
A)業務プロセスの見直し
- 無駄な作業の洗い出し
- 業務の標準化
- マニュアルの整備
B)ムダな作業の削減
- 会議時間の短縮
- 資料作成の簡素化
- 決裁プロセスの簡略化
C)ITツールの活用
- RPA(業務自動化)の導入
- コミュニケーションツールの活用
- クラウドサービスの利用
D)部署間の連携強化
- 業務の平準化
- 情報共有の促進
- 相互支援体制の構築
2. 人員配置の適正化
A)繁忙期を考慮した人員配置
- 業務量の予測
- 柔軟な人員シフト
- 応援体制の整備
B)多能工化の推進
- 教育訓練の実施
- ジョブローテーション
- スキルマップの作成
C)応援体制の整備
- 部署間の協力体制
- 緊急時の対応手順
- バックアップ要員の確保
D)採用計画の見直し
- 必要人員の算定
- 採用時期の調整
- 雇用形態の多様化
3. 働き方改革の推進
A)フレックスタイム制の導入
- コアタイムの設定
- 勤務時間の柔軟化
- 通勤混雑の緩和
B)テレワークの活用
- 在宅勤務制度
- サテライトオフィス
- モバイルワーク
C)有給休暇取得の促進
- 計画的付与制度
- 連続休暇の推奨
- 取得率の向上
D)ノー残業デーの設定
- 全社一斉定時退社
- 部署別の実施
- 効果の検証
残業時間の適正管理で、企業の成長と働きやすい職場づくりをサポートします
残業時間の上限規制は、従業員の健康を守り、過重労働を防ぐための重要なルールです。しかし、単に規制を守るだけでなく、労務管理体制の見直しを通じて生産性を向上させることが、企業の成長にもつながります。
適切な労働時間管理を実現することで、従業員が健康で安心して働ける環境を整え、企業全体の競争力や持続可能性を高めることができるでしょう。企業には、この制度を前向きに活用し、より良い職場環境の実現に向けて取り組んでいくことが求められています。
うちやま社会保険労務士事務所では、企業のニーズに寄り添いながら、法令遵守と実効性のある労働時間管理のサポートをいたします。
残業時間の管理方法、就業規則の整備、労務トラブルの未然防止など、お困りごとがありましたら、ぜひお気軽にご相談ください。